母のいない故郷

ホームの待合室だけは当時のままである

 僕が幼少期(小学生)の頃には、まだ、バスがない時代で、旭川の市街までは、この停車場から母に連れ添われて蒸気機関車の列車に乗って出掛けた。母も僕も着物姿だった。一つ先の旭川駅で降り、駅前の店でお土産を買って、さらに4条通りの旭川電気軌道の駅へ行き、そこから電車に乗り換え、終点の旭山駅(今の旭山動物園の近く)まで乗って、そこからは、徒歩で1時間程かけて母の実家へ行った。何しろ祖父が近文の我が家まで馬車や馬橇で米を届けてくれた時代だった。その頃は明治は遠くなりにけりだったが、今は昭和が遠くなりにけりだね。

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